2月の出来事。グラーツ、ウィーンへ。

ブログの更新をまたまたご無沙汰してしまいました。

日本の気温は既に30度に手が届きそうな暑さと聞いていますが、ハンブルクはまだまだ肌寒く、薄めのダウンジャケットで丁度良い気候です。
それでも、日はかなり長くなりました。明け方4時過ぎには空が明るくなり始め、日没は夜の9時半過ぎ。その後もすぐには真っ暗にはならずに深い青色で、ハンブルクはドイツの北部で、白夜がある北欧に近いのだという事を改めて感じています。
深い青色の空を眺めると、宇宙の奥深さ、奥行きを感じると言いましょうか、大きな存在の呼吸が感じられる気がして、眺める度に私も大きく深呼吸します。風の香りもとても新鮮です。

さてもう数ヶ月前の事になってしまいましたが、2月はオーストリアの第二の都市、グラーツにコンクールを受けに行ってきました。このコンクールは、声楽の先生がグラーツ出身という事もあり、勧めて下さったのがきっかけでした。
グラーツはシューベルトにゆかりのある土地、そしてグラーツの音楽大学が現代曲に力を入れているという事もあって(聞いた話による)、シューベルト作品と現代作品が対象のコンクールで、声楽部門というのではなく、ピアノと声楽の2人組で参加するデュオ部門コンクールでした。他にもトリオ、弦楽四重奏の部門もありました。
今まで声楽部門のコンクールしか受けた事がなかった私にとって、デュオ部門は初めての試みで(日本にはデュオのコンクールはありません)、ピアニストとタッグを組んで1時間程度のプログラム(大体歌曲30曲弱)を作り上げて行く過程は正直な所、簡単ではありませんでした。そしてピアニストとタッグを組んだのもコンクールの3ヶ月前と十分とは言えない時間の中での経験でした。
人それぞれ、音楽性というのは違いますし、解釈も人それぞれ。時代、作曲家のスタイル中で、これが正解、というものが未知数な中での音楽作りは楽しさ半分、苦しさ半分、といった所でしょうか。レッスン中に同じ箇所で声楽の先生とコレペティ,ピアノの先生から頂く異なるアドバイスがあったりと、迷わないではいられない状況も沢山ありましたが,新しく出会えて学ぶ作品が殆どだったので、とても勉強になりました。

グラーツ入りする直前に2日間だけ東京でどうしても外せない予定があったので、ハンブルク→ウィーン乗り換え→東京2泊→ウィーン乗り換え→グラーツと、今までで一番ありえない移動をし、なんとグラーツに到着したのはコンクール開始の次の日。ピアニストに先に現地入りしてもらい、出演順の抽選をしてもらい、と沢山の迷惑をかけながら、運良く演奏日が到着日とは被らなく、コンディションは万全ではありませんでしたがなんとか演奏することができました。ただ飛行機での長時間の移動で身体はバリバリ、喉はカラカラ、全てが本当にヒヤヒヤものでした。

コンクールには世界中から出場者が集まっていて、日本人の組も何組か出場していました。芸大時代のピアノ科の同級生にも久しぶりに再会しました。

コンクール会場。グラーツ音大内にありました。
2台のグランドピアノが用意されてあり、出場者がそれぞれ自分たちの音色に合う方を選択します。一つはシュタインウェイ(キラキラした軽やかな音色)、そしてイタリアのファツィオーリ(温かく柔らかい音色)。
出場者が変わる度に、係のお兄さんがいちいちゴロゴロ〜とピアノ移動させていました。

舞台から見た景色。
そしてコンクール期間中、なんと現在の師匠がハンブルクから駆けつけて下さいました。コンクールに先生が同伴して下さる経験もこの歳になって私にとって初体験でした。前日にびっしりと書かれてある励ましの手紙とチョコレート、本番直前は発声まで見て下さり、先生の愛を沢山感じたコンクールでもありました。

先生から頂いた手紙とチョコレート。

Liebe Mai(親愛なるMai)から始まる先生のお手紙。
(ただし、あまりにもびっしり書かれていて、終盤はハガキをぐるりと囲む様に書かれてありました。
そして見てお分かりかと思いますが、なかなか読みづらい字で(失礼)読解にかなりの時間を要したのは言うまでもありません。)

コンクール直前まで東京で声を温める時間、ピアニストと合わせられる時間が取れなかったのもあり、結果は残念ながら敗退。どんな状況でもすぐに歌える身体ではない今の自分のレベルの低さと先生のご期待に応えられなかった申し訳なさ、悔しさと、出場者のレベルの高さ、現代曲のレパートリーの広さを実感しました。そしてもう一つ残念だったのは、日本人の組が一組も本選に残れなかった事。これは西洋音楽を日本人が演奏する事において、大きな課題を突き付けられた瞬間でもありました。

ただ、このコンクールに向けてやってきた事は、確実に自分の力になっているなと感じられる面も多く発見できました。しかしこれを発見できたのはこのコンクールの1ヶ月後くらい後でしたが・・・。
コンクール終了後には審査員で、私にとって憧れの歌手でもあったクリスティーナ・オルツェ氏に直接講評を頂き、今後の課題、励ましの言葉も頂きました。そして何より、他の出場者の演奏を聴けた事は、大きな刺激、勉強になりました。現代曲ってすさまじい・・・!!!という感想と共に。
シューベルトの歌曲はやはりドイツ語圏の歌手の発音の美しさに魅せられ、現代曲に関しては、フランス人の演奏が特に素晴らしく釘付けにされました。

コンクールは水ものとは良く言われますが、結果も勿論大切かもしれませんが、それ以上にそこまでの過程とその経験で得たものに価値があると実感できたコンクール、大変良い経験となりました。

そしてグラーツの街の事を少しばかり。
とにかく人々が温かく、街並も可愛らしくて、大好きな都市の一つになりました!!
師匠の素晴らしい人柄はこのグラーツ出身だからなのか〜、成る程!と感じました。
ある時はパン屋さんでパンを買おうと思ったらパンをタダでくれ、カフェに入れば甘い菓子パンをくれ、よっぽど私がお腹を空かせている子供に見えたのでしょうか。
これもまた人生初の経験。親切でありがたい街でした。

グラーツの時計台。まだ雪が残っていたので、階段は閉鎖されていましたが、エレベーターで上まで登れました。ただし有料。後で知ったのですが、裏側には歩いて登れる道があったとか。(その日の夜に同級生から知らされる。)遅すぎました・・・。

グラーツの時計台。長針が “時間”、短針が “分” を刻む珍しい時計でした。
頂上に登るとかなりの雪が残っていたので思わず手のひらサイズの雪だるまを作ってしまいました。
私の精神年齢はどうぞ聞かないで下さい。

グラーツの街並と。後ろに先ほどの時計台が見えます。


グラーツの市庁舎。
中も少し入ってみましたが、役所のお兄さんの対応までも感じが良かったです。

グラーツのオペラハウス。
ちょうどプッチーニのトスカが上演されていたので、ついでと言っては何ですが、せっかくなので聴いてきました。

トスカは昔、東京少年少女合唱隊に所属していた頃、子供の合唱でサントリーホールで歌った事があり、とても懐かしかったです。
ただし、途中の演出の銃声はやはり昔と変わらず心臓が止まりそうになりました。もうすぐ来る・・・と分かってはいるものの。。。
前に座っていたおじいさん、おばあさん達も皆椅子から一瞬一斉に飛び上がっていました。
オペラを観るのも命がけです。

休憩中に1階の前方から。

コンクールからの帰りは丁度週末だったので、乗り換えついでにウィーンで数日時間を取り、今回のコンクールでのメインの作曲家、シューベルトの生家にも足を運び、シューベルトがここで曲を書いていたのだ、という溢れる感動と共にこのコンクールに参加できて良かった、とここでも改めて実感。

シューベルトの生家の前で、コンクールの楽譜を取り出して。

市内の重要文化財には左上に見えるオーストリアの国旗がかかっていて、一目でこの建物が重要文化財と分かる様になっていました。

シューベルト。この絵が一番有名でしょうか?
シューベルトが使っていた眼鏡。
このレンズを通して沢山の楽譜を書き上げていたのだと思うと、しばしこの眼鏡から目が離せませんでした。
シューベルトの自筆の楽譜。
綺麗な書き方でした。
Gretchen am Sponnrade(糸を紡ぐグレートヒェン)の楽譜です。
シューベルトが使っていたピアノ。小さなサイズでした。

そして更に、モーツァルトの住んでいた家も訪れ、ここでもまた感動。
大好きなモーツァルトにもまた少し近づけた様な気がしました。

モーツァルトがウィーン時代に住んでいた家。ここで“魔笛” 等が作曲されたそうです。魔笛はモーツァルトが作曲した最後のオペラです。
モーツァルトは1791年12月5日、35歳という若さでウィーンで亡くなっています。
そして先ほど書き忘れましたが、シューベルトも1797年に生まれ1828年にウィーンで亡くなっています。31歳9ヶ月という若さでした。この短い人生の間におよそ600曲もの歌曲を世に送り出しました。モーツァルトもですが、信じられない創作力です。今回時間がなく残念ながらシューベルトが晩年に住んでいた家にはいけませんでしたがいつか行きたいです。
音楽の教科書等でよく見るウィーンのモーツァルト像。
ウィーンに飛んだ3日間は快晴。それまではウィーンではずっと悪天候が続いていたらしく、珍しいお天気だったそうです。ラッキーでした。




大好きな作曲家の軌跡に触れる事が出来た興奮でテンションは高いまま、その他美術館やシュテファン寺院等、色々と街中も観て歩きました。


ウィーンの街並。
寒かったので、馬達は手袋ならぬ
耳袋(耳当て?)をしていました。
シュテファン寺院の内部。
シュテファン寺院の外観。
シュテファン寺院の柱の一部。
一本一本柄が異なり、素敵でした。
きっと柄にも一つ一つ意味があるのだろうなと思います。
ウィーンは初めて街に出て色々周りましたが、伝統と音楽溢れる素敵な街でした。ただし、ウィーンは観光する所が盛りだくさんで、3日間では周りきれませんでした。いつかリベンジできる日は来るのでしょうか・・・。
ウィーンでも芸大時代の後輩に会う事ができ、頑張っている姿に刺激をもらい、ハンブルクへの帰路についたのでした。
ハンブルクに着いた時感じた、地元に帰ってきた時の様な安堵感、お味噌汁を飲む時の安心感に少し似ていました。

次回は3月の出来事を更新したいと思います。

以下はおまけの写真たちです。



J.シュトラウス像。

美術史博物館。エントランスから荘厳でした。



正面のエントランスを登った所の壁面上部にはクリムトの絵がありました。右がエジプト、左が古代ギリシャがテーマだそうです。

美術史博物館の内部。
一日いても飽きないと思う程(というよりもじっくり鑑賞するには数日必要かもしれません。)、
どの部屋も沢山の絵画がありました。真ん中にはフカフカなソファーが置いてあり、ここに座って絵画を見ながらその絵に思いを馳せるのも休日の素敵な過ごし方と思いました。いつか実践してみたいものです。


これは絵の中の一部ですが、この飲んだくれているこの人の顔を見つけた観光客のおじさん達が、大笑いしていました。確かに、すごい飲みっぷり。しかし誰が作者かは不明。

これもまた絵の一部ですが、ブリューゲル『子供の遊びKinderspiel』(1560年の作品)から、
可愛い女の子を発見。かなり気に入りました。
絵全体はインターネットで検索するとヒットします。
色々な遊んでいる子供達の様子は楽しい気持ちにさせてくれました。

ブリューゲル『バベルの塔』(1563年の作品)。これはかなり有名ですね。
ただしブリューゲルといってもお父さんの方の作品です。
このバベルの塔から様々な言語に分かれてしまったこの大事件、語学が苦手な私(声楽科にとっては致命的・・・)は心の中で「なんでこんなに沢山に別れてしまったの〜!!」と叫んだのはここだけの話です。
しかし、神の様になりたくて、神に近づく為に天にも届く程に高く造り上げたこのバベルの塔を見ると、人間の罪深さを垣間見る事ができます。

ブリューゲル『農民の婚礼』(1568年の作品)
美味しそうなスープが運ばれています。

ブリューゲル『雪中の狩人』(1565年の作品)

これは誰の作品だったでしょうか・・・書き留めるのを忘れてしまいました・・・残念。
ただ、とても印象に残っている絵です。天使が画家に指示していますね。
インスピレーションはこんな感じで降って来るのか、と納得してしまいました。

フェルメールの作品。『絵画芸術』(Die Malkunst)(1660年頃の作品)
この絵にもとても魅せられました。
因にこの絵はヒトラーが売却した事でも有名だそうです。


これもフェルメールの作品、これも題名を覚え書きするのを忘れてしまいましたが、この女の子の可愛らしい表情に惹かれました。

ラファエロの作品。『草原の聖母』(1505もしくは1506年の作品)
これもかなり有名な作品です。聖母の纏っている衣の深い青色が印象的でした。

レンブラントの自画像。レンブラントは60点以上の自画像を遺しているそうです。
そのうち3点がウィーンの美術史博物館にありました。
誰かに似ているような・・・似ていないような。そういう問題ではありませんが。


音楽の国、オーストリアの国旗、
青空に誇らしげにはためいていました。

1880年創業の歴史的カフェで朝食を食べました。当時の芸術家のたまり場たったそうで、オペレッタ作曲家で有名なのレハールやクリムトも常連だったそうです。ずっしりと深みのある雰囲気抜群のカフェでした。

2015年 明けましておめでとうございます!


 20 1 5 

明けましておめでとうございます

Frohes neues Jahr !

ジルベスター礼拝に参加した
ハンブルクの聖カタリーネン教会の蝋燭


昨年は大変お世話になりありがとうございました。
2014年は多くの新しい出会いに恵まれとても幸せな1年でした。
それでもあっという間の一年で、
やりたい事、やらなければいけない事、課題は山積みです。
今年はどうにかしてこれらの事をひとつずつクリアしていけたらと思います。

今年の目標は、色々な面において

「 成長と見極め 」

の年にしていきたいです。
すぐには到達出来なくとも、目標をたてて走る事は大切な事ですね。
そしてこのロウソクの火の様に、
ぶれずに真っ直ぐ、常に小さくとも熱い灯火を燃やし続ける者になりたいと願います。

新しい年が皆様にとって 素晴らしい年になりますように祈りつつ。

2015年 元旦
加藤麻衣

昨年のチェコ旅行で一目惚れしたお土産。
今年は羊年なのでこの部分をアップで。
全体はこんな感じです。
それぞれの表情に一目惚れしました。




12月の出来事

いよいよ、2014年もドイツ時間で残り4時間となりました。
外では、打ち上げ花火の音が鳴り止まず騒がしくなってきています。騒がしいというよりかは、爆発音の連続で恐怖すら覚える現時点ですが・・・。ドイツでは日頃は花火が禁止なのですが、大晦日だけは解禁になるので、街中のスーパーには日本とはケタの違う大型花火やミサイルの様な花火が売られていて、それをドイツ人はビールと共にジャンジャン買って行きます。
そういう訳で、カウントダウンと新年の瞬間は街中はものすごい騒ぎになります。
今夜は街の中心の教会にジルベスター礼拝に友人に誘われて行こうと思っているのですが、どこから花火や爆竹が飛んでくるかわからないので、少々腰が引けております。。。生きて帰って来られるのだろうか・・・。

さて、今年最後のブログです。
2014年12月も色々な事がありました。
全て詳しく書くと、肩が凝り固まったまま新年を迎えそうなので、かいつまんで書かせて頂きます。

まず12月上旬は国際海洋裁判所所長の柳井俊二判事を囲むホームパーティーで歌わせて頂きました。
柳井判事がお気に入りの曲と言う事で、リクエストを頂き、シューベルトの“ 岩の上の羊飼い ”と 、ヴェルディ作曲歌劇《椿姫》より“ 乾杯 ”を歌わせて頂きました。
今回“ 岩の上の羊飼い ”は初めて歌う曲で、更に難曲中の難曲という事もあって、大分構えて歌ってしまいましたが、楽しく歌わせて頂きました。
演奏後は、各国に住んでらした時の色々な興味深いお話も聞かせて頂き、とても勉強になりました。

柳井判事夫妻と一緒に。


そして、12月11日、非常に楽しみにしていた演奏会がありました。
以前から大好きだったテノール歌手イアン・ボストリッジ(Ian Bostridge) がハンブルクに来る、という事で、聴きに行ってきました!
プログラムはシューベルトの“冬の旅”。一言で言うならば、“ 夢のよう ”でした。
彼はものすごく背が高く、スマートなので一見男性歌手のような風貌ではないのですが、音楽的解釈からディクション、そして美声から紡ぎ出される音楽を聴いた瞬間からもう彼の世界にぐいぐい引き込まれていきました。
休憩なしで一気に全曲を歌い上げる姿も圧巻でしたが、もっと聴きたいと思わせる演奏こそ、プロなのだと思いました。
終演後はホワイエに出てきてくれたので、一緒に写真を撮らせてもらいました。ちょうど今シューベルトの歌曲を中心に勉強していたので、ついつい楽譜にまでサインをしてもらい。。。ミーハーですが、このサインを見てシューベルトを練習する喜び。案外単純な細胞で私は構築されていたのだな、と実感。
憧れのテノール歌手 Ian Bostridgeと。
チケットと楽譜にサインを頂きました。


そして、12月と言えばなんと言ってもクリスマスはメインイベントですね!!
至る所できらきらと輝くイルミネーションに影響されて、ちょうど知り合いの方から葉っぱの切れ端の余りを頂いたので、気分転換に細かく切り、チェコのお土産屋さんのおばさんがおまけでくれたオーナメントも合わせてリースを作りました。(この日もやらなければいけない事が山程在ったのですが、それをそっちのけでお得意の現実逃避をし、やはり良心がちくちくと気持ちを煽ってくるので少し急ぎ気味に作成した結果、若干雑な仕上がりとなりました。)
それでも昔から図工や美術の時間が大好きだった私にとっては、もう最高の時間でした。こういった事は時間が経つのも忘れていつまででも続けられます。


これを作っている間、葉っぱから花粉なのか何なのがクシャミが止まらず、日本の春を思い出しました。




ドイツのクリスマスといえば、クリスマスマーケットです。
今回他の街にクリスマスマーケットに行きたかったのですが、時間的な余裕がなかったので、ハンブルクだけで楽しみました。ずっとオリーブの木でできているサラダボールや食器類が 欲しかったのですが、かなりお高目で、学生の身には手が届かず・・・将来いつかあのボールで美味しいサラダが食べられたらいいな〜♡という夢に留めておきました。
他にも可愛い雑貨のお店が沢山でていたので、何か欲しいと思って色々眺めていると、閉店ギリギリに行ったらおまけをしてくれた石鹸屋さんで、フランス製のオリーブオイルで出来ている石鹸を5つ購入。良い香りで大満足です。


ハンブルクの街中は賑わっていました。

夜遅く、ハンブルク中心街の通り。

天然素材から作られた石鹸たち。
ちょっと美味しそう・・・。

オリーブの木の食器でサラダが食べたいという夢と憧れは膨らむばかりです。

オリーブの木でできたクリスマスオーナメントたち。

キャンドル屋さんも素敵でした。





おまけで購入した石鹸。
どれも異なる良い香りで幸せな気分になります。

そして、クリスマスシーズンになると至る所の教会で毎日の様に礼拝や音楽会が行われています。24日のイブには友人達とハンブルクの聖ミヒャエル教会に23時からのイブ礼拝に参加してきました。この教会はこの空間にいるだけで、癒されますが、ドイツ語でのクリスマスキャロル、そしてオルガンの音色、ハンブルクで勉強させて頂いけている事を改めて感謝した一時でした。
聖ミヒャエル教会の礼拝堂、礼拝開始5分前。満席でした。
礼拝堂の中にあるツリー
聖ミヒャエル教会外観。



25日、クリスマス当日は同居人のドイツ人が、羊肉料理を作ってくれました。彼女は10代の頃、アフリカの住んでいた事があり、アフリカ特有のスパイスと一緒にお肉を煮込んでくれました。昨年食べたドイツのクリスマス料理とはまたひと味異なって、これまたお肉がジューシーで柔らかく、蒸したお野菜とも相性が良く、とても美味しかったです。共通の趣味で話は盛り上がり、幸せな一日でした。


羊肉料理。タマネギと大蒜、そして独特のスパイスで煮込んでありました。
サイドに添えるお野菜も、
葉に皺の多いキャベツと(名前がわかりません・・・)、人参がたっぷりで甘いお野菜でした。

お肉を煮込んでいたローマ風お鍋。
これで煮込むとお肉が柔らかくなるそうです。


最後になりましたが、ハンブルクで出会った韓国人女性詩人の方が、絵本 “ 幸せを求めて ” を12月にハンブルクで出版され、この本に小さな音読CDがついているのですが、この日本語朗読を私が吹き込ませて頂きました。他に、ドイツ語でも吹き込まれていて(勿論ドイツ人の方の吹き込み)、韓国語バージョン(勿論韓国人の方の吹き込み )も同時出版されました。
この本は1冊購入すると、そのうち1€が障害福祉に寄付されるそうです。
今回プロの指導を受けず、詩人の方に直接聞いて頂きながらの作成だったので、何度も撮り直してOKがでるまでかなり時間を要しましたが、素敵なストーリーなので、毎回楽しく録音させて頂きました。残念ながら日本ではまだ販売していませんが、いつか日本でも販売できる日が来ればと願っています。


“幸せを求めて” 日本語バージョン 
“幸せを求めて” 韓国語バージョン 
CDに私の名前も載せて頂いています。
ざっと、色々な事を書いてしまいましたが、まだまだ書ききれない事も沢山あった2014年でした。
2014年も残り数時間、今からハンブルク中心街にある聖カタリーネン教会でジルベスター礼拝に友人と出かけてきます。良い年明けが迎えられますように♪




11月の出来事 〜メサイア研究会 〜

先日、近所のエルベ川沿いの砂浜を散歩した時の一枚。
神々しい夕日でした。

早いもので、今年も残り僅かですが、今回は11月の出来事を書こうと思います。
11月も演奏会を聴きに行ったり、ドイツの国教会で歌わせて頂いたり、そして書くのをすっかり忘れていましたが10月終わりに学校内で小さなコンクールがあって感謝な事に1位と聴衆賞、そして半年間コレペティの授業を無償で受けられるという副賞を頂いたり、尊敬する先生の毎回のレッスンで色々な事を学ばせて頂いたりと、めまぐるしく過ぎていました。

そんな中、ハンブルクには日本人の音楽学生が多く留学しているのですが、親しい音楽科の仲間達6〜7人程で、「メサイア研究会」といえば名前は大げさかもしれませんが、皆で友人宅に集まってメサイアの音源を聴きながら、内容に沿った聖書の箇所を読んで内容を理解し、音楽的解釈と、それについて各々が感じた事、思った事等を話合い、これからの演奏に生かそうという目論みの会が、ピアノ科学生の提案で発足しました。
ピアノ科、声楽科、オーボエ科、フルート科等、毎回メンバーは少し変化しますが、音楽が大好きな仲間とのこういった音楽の事をじっくり話し合える交わりはとても楽しいです。
言わば勉強会ですが、学校が終わった夜に集まるので、美味しいご飯付きです。初回は勉強会をしてから夕食だったのですが、長く勉強会するものの皆お腹がすき過ぎて段々意識が朦朧とし集中力も低下すると言う事で、2回目からはご飯を食べてからの学びになりました。
オムライス、カレーライス、ラザニア、グラーシュ(ハンガリー起源のシチュー料理でドイツでも定番料理です。)、サラダにデザートと美味しいものが毎回食べられるので、これも楽しみの一つであります。

メサイアは小さい時から教会のクリスマス礼拝で音大卒業の方々に混じってよく日本語で歌っていました。そして大学時代は学部1年生からは毎年東京文化会館で歌い、さらに色々な合唱団のエキストラのお仕事でもメサイアを歌う機会が多かったのですが、毎回歌う度に新鮮で、何度聴いても飽きないのが、このメサイアです。そして今回改めて内容をじっくり理解しながら見てみると、また新たな発見もあります。

既にメサイア研究会は3回終わりましたが、毎回2〜3時間話しても皆色々な質問や、意見があり、それぞれの聖書の箇所を調べるのにも時間がかかるので、まだ2部の途中までしか進んでいませんが、私自身にとってもこの会は意味のあるものになっています。

それにしても、今回の勉強会で聖書の旧約聖書から新約聖書のあちらこちらを読んでいますが、今更ながら・・・聖書ってとてつもなく膨大なストーリーですね。ドイツ語、イタリア語の聖書も引っ張り出して、皆で読んでいますが、この聖書を紐解いて理解するには一筋縄にはいかない事も、改めて発見し、いつもは冗談ばかり言って笑っている仲間ですが、この時間は皆真剣そのものです。
壮大な書物、聖書も今後の為にもしっかり読んでみないとと思いました。
ドイツの地ですが、新しい日本人の仲間も与えられて、この事も感謝です。