2019年1月 元旦の第九 in ドルトムント。そして愛猫ジョイ

2019年が明けました。 年末年始と第九に明け暮れていました。元旦はドルトムントで第九。日本にもしいたら三が日は家でゆっくりしたい派の私は、心底「元旦からなぜ私はこんな所で第九なんか歌っているんだろう。。。御節、、、お雑煮、、、カニ、、、」と思っていましたが、ゲヴァントハウスオーケストラの音色とネスソンスの素晴らしい指揮に、そんな私の思いは終演後は何処へ・・・。 新しい年も頑張ろう、気持ちを新たにスタートしたのでありました。 音楽とは全く関係ありませんが、新年早々、父から、「どうやって息をしているのかわかりません。笑」というメッセージと共に家の愛猫ジョイの写真が送られてきました。 新年早々笑わせてもらいました。会いたい&ナデナデした気持ちは膨らむばかりです・・・。

2018年12月その③ クリスマスコンサート in ゲヴァントハウス

2018年12月25日は、MDRのクリスマスコンサートがゲヴァントハウスでありました。 フィンツィ作曲の《In Terra Pax》ではソロを歌わせて頂けることになりました。ゲヴァントハウスで初めてオーケストラとソリストで共演させて頂きました。 前半合唱で参加した後、早着替えで舞台袖まで行き、出番となりましたが、心底緊張した本番でした。本番前からずっとドキドキしていた記憶があります。(ノミの心臓・・・苦笑) というのも、当日ラジオ、インターネットで演奏会が生放送されたからです。失敗できない、、、と思うと余計に緊張するものですね。 それでも、また一つ貴重な経験をさせて頂きました。この本番では、母から譲り受けたオレンジ色とクリーム色が混じったドレスを着させて頂きました。母が音大の卒業試験時に着用したドレスだそうで、その細さにびっくり!母もびっくり!母曰く、「よくこんな細いの着ていたわ〜!!」と。確かに、現在私でもブレスをするとちょっとキツイです。これ以上太らないようにしなければ・・・。 それでも、このドレスは保存状態も良かったので、この晴れ舞台にきる事ができて感無量です。 フィンツィの《In Terra Pax》は、とても素敵な作品で、キリスト誕生のドラマが目に浮かんでくるような、そんな作品でした。バスのソリストは、オーストリア出身の同僚、指揮者はイギリス人のMichael Francis、改めて英米作品の良さに触れる事ができた本番でした。 年末は、恒例のゲヴァントハウスオーケストラ、このオーケストラの常任指揮者ネルソンスとの第九(隔年で、MDR放送合唱団とライプツィヒ歌劇場合唱団が交互に出演します。)で2018年を締めくくりました。 この第九の模様は、ユーチューブで以下のリンクからご覧いただけます。 とにかく、忙しく歌い通した一年でした。感謝です!

2018年12月その② ベルリンでのコンサート

2018年12月4日は、ベルリンでモーツァルトミサ曲のソロの本番、ハノーバー少女合唱団との共演でした。 ハノーバー少女合唱団は、なんと約20年前に私が東京少年少女合唱隊のメンバーだった頃、サントリーホールで共演していました。今回は嬉しい偶然の再共演です。 ところで、今日の私の名前はなぜか"May Kato"。どこでどう変化したのか謎ですが・・・笑 天使の様なハノーバー少女合唱団の歌声に癒されて、素敵な演奏会になりました。
ハノーファー少女合唱団のリハーサル風景
他のソリストと一緒に

2018年12月 その① Markkeerberg市庁舎での第一アドヴェントコンサート

2018年12月第一アドヴェントはMarkkeerberg(ライプツィヒ郊外)市庁舎での演奏会でソロを歌わせて頂きました。 プログラムは10年ぶりのブリテンのクリスマスキャロル などなど。 ゲヴァントハウスオーケストラのアンサンブルとの贅沢な時間でした。 しかし、この日もやはりハプニングはあったのでした。本番直前に新しい楽譜が渡され、しかもがっつりソロの曲。なぜもっと早く楽譜をもらえなかったのだろう。。。と泣く泣く、本番直前まで楽屋で必死に譜読みし、、、なんとか本番で歌ったのでありました。この日は行きた心地がしませんでした。笑

2018年11月 J.S.バッハ BWV23 in アイゼナッハ

2018年11月11日に、再びアイゼナッハで歌わせて頂きました。今回はカンタータ23番。アイゼナハまではライプツィヒから車で約2時間、同僚の車に乗せてもらい、早朝に出発しました。 帰りの車の中では、彼の生まれ故郷の旧東ドイツについて色々と聞きました。彼のドイツ語が早すぎて100パーセントは理解できませんでしたが(笑)、私が思っていたよりは平和的なお話が聞けて、少し旧東ドイツへのイメージが変わりました。それでも今から10年ほど前は、ライプツィヒも今よりもグレー一色の様な街並みだったそうです。今となってはライプツィヒもかなり新しくなり、住みやすく、非常に人気の街になりましたが、もし私がライプツィヒに10年前に引っ越してきていたら、きっと直ぐに日本、もしくは別の街に移りたい、とも感じただろうな、と思います。